井伏鱒二 「山椒魚」

タエトは熱心に夜業をつづけていた。六尺の長さの細縄を幾本もつくっていたのである。彼女は土間に莚の上に膝を崩して坐り、菜葉色のズボンの膝で縄を挟んで作業していたわけである。胸を張って、両手がとどかなくなるまで縄がのびて来ると、後ろに片手をまわして、膝の間から縄を後ろにたぐった。私達は少女のかかる姿体をあまり仔細に観察してはいけない。何故かというに、この姿体は縄ないという一つの作業のポーズであったにしても、甚だしく催春的な姿体であったからである。私は知っている。人々は誰しも、かかる姿体に対して会話を申し込みたがるものなのである。(朽助のいる谷間)




彼は快速力で走りまわった。前脚を前方にのばし後脚を後方にのばしたときの彼の姿は、草原が描く地平線から二尺も離れて空中に跳びあがった。それは私達は今までに幾度も見たに違いない(襖や青銅の花活けに描かれている)兎の絵と、何と好一対の姿態であったことか。全く彼は四足をのばして空中に浮びあがっていた。そうして走り疲れることを知らなかったのである。(シグレ島叙景)

山椒魚 (新潮文庫)

山椒魚 (新潮文庫)

山椒魚
朽助のいる谷間
岬の風景
へんろう宿
掛持ち
シグレ島叙景
言葉について
寒山拾得
夜ふけと梅の花
女人来訪
屋根の上のサワン
大空の鷲

表題作の「山椒魚」のラストってどんなだったっけな、と思って買ったのですが、「山椒魚」って12ページしかないんですねぇ。
さて、本書1冊を通してみると、旅館の話がとても多いです。半分ぐらい旅館。あとは動物。「旅館と動物の短編集」だと私は思っています。それから、「山椒魚」を読んでいるだけでは(当然)わからなかったのですが、井伏鱒二という人は結構エロを書くんだなと。極微エロです。ほんのかすかに。
ここまで有名な人の小説になると「ブンガク」という呪文がまとわりついてくるのが嫌なのですが、表現力で読ませるっていうのはこういうことかと思いました。だってプロットとかストーリーは大して面白くないもん。