井伏鱒二 「山椒魚」
タエトは熱心に夜業をつづけていた。六尺の長さの細縄を幾本もつくっていたのである。彼女は土間に莚の上に膝を崩して坐り、菜葉色のズボンの膝で縄を挟んで作業していたわけである。胸を張って、両手がとどかなくなるまで縄がのびて来ると、後ろに片手をまわして、膝の間から縄を後ろにたぐった。私達は少女のかかる姿体をあまり仔細に観察してはいけない。何故かというに、この姿体は縄ないという一つの作業のポーズであったにしても、甚だしく催春的な姿体であったからである。私は知っている。人々は誰しも、かかる姿体に対して会話を申し込みたがるものなのである。(朽助のいる谷間)
彼は快速力で走りまわった。前脚を前方にのばし後脚を後方にのばしたときの彼の姿は、草原が描く地平線から二尺も離れて空中に跳びあがった。それは私達は今までに幾度も見たに違いない(襖や青銅の花活けに描かれている)兎の絵と、何と好一対の姿態であったことか。全く彼は四足をのばして空中に浮びあがっていた。そうして走り疲れることを知らなかったのである。(シグレ島叙景)
- 作者: 井伏鱒二
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 1948/01/15
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山椒魚 朽助のいる谷間 岬の風景 へんろう宿 掛持ち シグレ島叙景 言葉について 寒山拾得 夜ふけと梅の花 女人来訪 屋根の上のサワン 大空の鷲
表題作の「山椒魚」のラストってどんなだったっけな、と思って買ったのですが、「山椒魚」って12ページしかないんですねぇ。
さて、本書1冊を通してみると、旅館の話がとても多いです。半分ぐらい旅館。あとは動物。「旅館と動物の短編集」だと私は思っています。それから、「山椒魚」を読んでいるだけでは(当然)わからなかったのですが、井伏鱒二という人は結構エロを書くんだなと。極微エロです。ほんのかすかに。
ここまで有名な人の小説になると「ブンガク」という呪文がまとわりついてくるのが嫌なのですが、表現力で読ませるっていうのはこういうことかと思いました。だってプロットとかストーリーは大して面白くないもん。