Novel

伊藤計劃 「虐殺器官」

CEEP、という言葉がある。幼年兵遭遇交戦可能性。 そのままだ。初潮も来ていない女の子と撃ち合いになる可能性だ。 その子の頭を、肋骨の浮き出た満足に乳房もない胸を、小銃弾でずだずだにしなければならない可能性だ。トレーサビリティ、エンカウンタビリ…

「NOVA 2」

3月某日 曇り 新宿で拾ったビラを日本人に見せると、誰もが口ごもって目を逸らす。 カナコはかなり率直なほうだが、外でその話はしないほうがいいわよ、とそっけなく言った。それにしても、日本の友人たちは私の質問に対してまるで一緒に練習していたみたい…

田中哲弥 「サゴケヒ族民謡の主題による変奏曲」

空が少し明るくなっただけで一気に気温は上がりとても布団の中にはいられなくなる。汗ばむと左腕だけでなく全身の痒みが耐え難くなった。特に脇の下が痛痒い。昨日まではなかった強烈な痒みだ。ここ数日掻きむしりつづけた結果糜爛し、皮下脂肪が覗いている…

舞城王太郎 「好き好き大好き超愛してる。」

葬式の日、火葬場で、いよいよ炉に入れられようとしたお棺に飛び乗って「駄目だ駄目だ燃やすな柿ちゃん燃やすなよ燃やしちゃ駄目だ」と言って泣いた柿緒の弟は、火葬場の職員に姉の遺体を燃やすなと頼んでいたんではなくて、周りにいた家族に燃やさせるんじ…

ジャック・ケッチャム「襲撃者の夜」

テレビから声が聞こえていたが、だれかが蹴り壊した。電気に由来する煙の、なじみ深い鼻をつく匂いに記憶を刺激されて、もうちょっとで自分がだれでここがどこなのか、そして麻酔をかけられて夢を見ている自分をいま手術している、むきだしの乳房を血で染め…

「NOVA 1」

敵の攻撃によって地中深く沈んでしまった会社を残された同僚たちといっしょに掘りはじめてもう半年近くになるのだが、あてにしていた失業保険がなかなか出ないこともあって、いよいよ貯金が心細くなってきた。そのせいなのかどうなのか帰宅すると、ねえ今日…

スタニスワフ・レム 「完全な真空」

著者は第二部で、蓋然論を拠り所とする未来の予知が無益であると公言する。歴史には、確率論の立場からすれば到底あり得そうもない事実以外、いかなる事実も含まれていないのだということを証明しようとするのである。コウスカ教授は二十世紀初頭のある架空…

京極夏彦 「魍魎の匣」

「な、何です?あれは……」敦子が指差す。眩しさに目を細めて見る。そして私は警官隊の背後に、到底この世のものとは思えない威圧的なカタマリを認めた。それは巨大な箱だった。三階、いや四階建てのビルディング程は優にあろうと云う、巨大な箱だった。建物…

筒井康隆 「ポルノ惑星のサルモネラ人間」

「ぼくが認識できたことを、ちょっと整理してお話しするとですね、まず最初、この上ないというようなひどいブスのタレントを見つけ出してくる」「待った待った。いくらなんでも、この上ないひどいブスというのはタレントの中にはいないよ。いくらキャラクタ…

ジャック・ケッチャム 「隣の家の少女」

いまわたしは、メグが美人でも、若くて強くて健康な肉体の持ち主でもなく、ぶすで、でぶで、締まりのないからだをしていたら事態は変わっていたのではないだろうか、と思っている。そうではない可能性もある。けっきょくは同じことが起きていたかもしれない…

飛浩隆 「ラギッド・ガール 廃園の天使II」

腕と、砂に。 小さな打撃を感じた。 指先を通して、たしかな魚信に似た、コツンという打撃。それが一閃した。小さな打撃をゲートに、その向こうの、広大な領域が垣間見えた。 海だった。 錯覚ではない。レトリックでもない。 いまレオーシュがいる区界とはげ…

円城塔 「後藤さんのこと」

宇宙には、どれほどの後藤さんが分布しているのか。これは、後藤さん学者の間でも未だに議論の続く難問である。光学観測される後藤さんと、呼びかけて返事の戻る後藤さんの数には、ズレがあることが知られている。というか後者が圧倒的に多い。宇宙に偏在す…

「第四次元の小説 幻想数学短編集」

「ぼくの質問というのはこうなんだ。フェルマーの最後の定理は正しいか。」悪魔は思わず口をあけた。初めて彼の自信に満ちた態度はくずれた。「最後の何だって?誰の?」彼はうつろな声でたずねた。「フェルマーの最後の定理、これは数学の命題で、17世紀の…

京極夏彦 「姑獲鳥の夏」

量子力学という学問があるそうだ。見ていないところでは、世界の様相は果たしてどうなっているのか解らないらしい。 ならば、この塀の中はどうだ。何もないのではないか。いや、この道の先はどうだ。 私は急に足元の地面が柔らかくなったような錯覚を覚えた…

井伏鱒二 「山椒魚」

タエトは熱心に夜業をつづけていた。六尺の長さの細縄を幾本もつくっていたのである。彼女は土間に莚の上に膝を崩して坐り、菜葉色のズボンの膝で縄を挟んで作業していたわけである。胸を張って、両手がとどかなくなるまで縄がのびて来ると、後ろに片手をま…

ロバート・A・ハインライン 「夏への扉」

僕は考えようとした。頭がずきんずきんと痛んだ。ぼくはかつて共同で事業をした、そしてものの見事に騙された。が――なんどひとに騙されようとも、なんど痛い目をみようとも、結局は人間を信用しなければなにもできないではないか。まったく人間を信用しない…

平山夢明 「メルキオールの惨劇」

「おはよう」礫は少女に微笑んだ。「ああ、どうも」少女は囁くような声で応えた。「なんか寒い……」「腑が丸出しだから」礫は少女の首の下に手を入れると少し持ち上げた。 裂かれた皮膚がパンタグラフのように捩れると月光で体内のクリップが星のように煌めい…

フランツ・カフカ 「変身」

ある朝、グレーゴル・ザムザがなにか気がかりな夢から目をさますと、自分が寝床の中で一匹の巨大な虫に変っているのを発見した。 もう潮時だわ。あなたがたがおわかりにならなくったって、あたしにはわかるわ。あたし、このけだものの前でお兄さんの名なんか…

飛浩隆 「グラン・ヴァカンス 廃園の天使Ⅰ」

西の入り江、夏の区界の中心が蜘蛛に似た怪物の大群に襲われた。そうして『警察署が壊滅し』、『住民が嬲り殺しにあい』、『山が端のほうからどんどん食べられている』。 「長いあいだ、ありがとう」 グラン・ヴァカンス―廃園の天使〈1〉 (ハヤカワSFシリー…

アーサー・C・クラーク 「2001年宇宙の旅」

まわりの世界は異様ですばらしいだけであり、こわいものは何ひとつない。彼は謎を求めて何億キロも旅をしてきた。それがいまや、謎の方が彼に向かって近づいてくるようなのだ。 決定版 2001年宇宙の旅 (ハヤカワ文庫SF)作者: アーサー・C.クラーク,Arthur C.…

円城塔 「烏有此譚」

僕は何かを探してここにやって来たはずなのだが、ここには単純に灰しか存在していない。接触して何が起こるのかは予想がつかず、事前の準備は心構えくらいしかしようがない。そのくせ移動は退屈であり、退屈は多分、僕を埋めてしまおうと企んでいる。 烏有此…