伊藤計劃 「虐殺器官」

 CEEP、という言葉がある。幼年兵遭遇交戦可能性。
 そのままだ。初潮も来ていない女の子と撃ち合いになる可能性だ。
 その子の頭を、肋骨の浮き出た満足に乳房もない胸を、小銃弾でずだずだにしなければならない可能性だ。トレーサビリティ、エンカウンタビリティ。サーチャビリティ。ビリティ。ビリティ。ポシビリティ。世界にはむかつく可能性が多すぎる。そして実際、その言葉が使われた場合の可能性は百パーであって、そこではもはや「ビリティ」の意味など消失している。ビリティは詐欺師の言葉だ。ビリティは道化師の言葉だ。
 ことばには臭いがない。
 映像にも。衛星画像にも。
そのことにぼくはむかつきを覚える。
 脂肪が燃え、筋肉が縮みゆくあの臭い。髪の毛のタンパク質が灰になるときに出す臭気。人間の焼けるあの臭い。自分はそれを知っている。馴染み深いとは言わないが、この仕事を長年続けるうちに、幾度となく嗅がざるを得なかった臭気。
 火薬の燃える臭い。民兵たちが古いゴムタイヤを狼煙に燃やす臭い。
 戦場の臭い。
衛星の映像を見ていて、ぼくの胸に湧き起こってくるのは不快感――胸糞悪い。なにが胸糞悪いって、それは映像のグロテスクさではなく、むしろその逆――こうして映像で見ているぶんには、人間の丸焼きだろうと内臓だろうとたっぷりの血だろうと、きれいに脱臭されていて、ぜんぜん胸糞悪くならないから――その胸糞悪くならなさが最高に胸糞悪い。屍体を冷たく見下ろす衛星のレンズ群は、凍りつく真空の星空にあって、地上の臭気とは無縁の、とりすました残酷な神の超越性を真似ている。

虐殺器官 (ハヤカワ文庫JA)

虐殺器官 (ハヤカワ文庫JA)

★★★★★★☆☆☆☆

伊藤計劃のデビュー作。読み始めの印象はまんま「メタルギアソリッド」。
SFではあるけれども、とっても近い現実でほんとにありそうな世界だった。未来の生活や軍隊の描写はとても緻密だったけど、その分物語が弱いかな、と自分は感じたので★6。SFなりファンタジーなり残酷なり、何かのベクトルがとても強い物の方が自分は好きらしい。そう考えると本作はとてもバランスが良かった。