舞城王太郎 「好き好き大好き超愛してる。」

葬式の日、火葬場で、いよいよ炉に入れられようとしたお棺に飛び乗って「駄目だ駄目だ燃やすな柿ちゃん燃やすなよ燃やしちゃ駄目だ」と言って泣いた柿緒の弟は、火葬場の職員に姉の遺体を燃やすなと頼んでいたんではなくて、周りにいた家族に燃やさせるんじゃないと訴えてたんではなくて、祈っていたのだ。柿緒の遺体が燃やされませんように……。
賞太のその様子に僕は泣いたが、それは悔し涙だったのだ。僕もそれをやりたかったのだ。そうだそうだ、そうだよな、燃やされたくないよな、とそのときは思ってううとかやってたけど、本当は僕がそれをやりたかったのに、先を越されて、僕まで続いてそれをやったらバカみたいだし、バカと思われたくないし、これで僕まで棺桶にすがりついたらホントに火葬が中断されて葬式が台無しになっちゃって皆に迷惑をかけてしまうかもしれないし、それは怖いな、というつまんない気持ちでその大事な瞬間を逃して悔しかったのだ。柿緒の父親と母親に肩を抱かれて棺桶から引きはがされて、予定どおりに柿緒は小さな横穴に入ってしまったが、僕は本当に悔しかったに違いない。僕が考えてたのは、炉を引っ張り出して柿緒の顔をもう一回見ることが可能かどうか。でも、具体的にそれを考えて、柿緒は死んで冷たくなって、堅くなって、死後硬直が解けてきていて、肉はドライアイスを当てられてなかったら腐っていたはずだし、ドライアイスを当てるわけにいかなかった顔はもう生肉として傷んでいるに違いないと思って、そんな柿緒の身体に抱きついても実際のところしょうがないし、愛情以外の気持ちがたくさん湧いて萎えそうだな、と僕は思ってそれをやめてしまったのだが、本当はそうしたかったのだ。そしてそうすべきだった。そして僕も賞太みたいにワーンと大声で喚くべきだったのだ。気持ち悪さは我慢できる。いろんな思いも後から整理すればいい。僕は僕の言いたい言葉を言うべきだったのだ。「まだ早過ぎるよちくしょう!もっと一緒にいろよこんにゃろう!死んじゃ駄目だろこの大バカ大バカ!」
僕は柿緒のことが大好きだった。愛していた。でも大好きだ、愛しているということよりも、最期には、死んでほしくないということを伝えたかった。死んで欲しくない、死なれるのは嫌だという言葉の中に、大好きだ、愛してるという気持ちは十分に入ってる。ワーンと泣いて嫌だ嫌だと駄々をこねるみっともない姿の中に、僕の愛情はこめられたはずだ。

好き好き大好き超愛してる。 (講談社文庫)

好き好き大好き超愛してる。 (講談社文庫)

直球度 ★★★★★★★★★★
総合 ★★★★★★★★☆☆

恋愛小説というものは僕には圧倒的に向かないと思っていた。自分自身の恋愛というものに関する経験値が低いというのがまずはあるのだが、それもこれも全ては僕が高2のころに世界の中心でなんとかかんとかというくっだらねーものを読んでしまったからだった。僕は何がいいんだこんなの、と思っていたけど、僕の同級生の女子はいいとか抜かしていて、たぶん僕がこれを面白いと思えないのは恋愛したことが無いからなんだなぁ、と無理やり自分を納得させて、それ以来「ミステリもSFも好きだけど、恋愛小説だけはだめ」というものが自分の中でできてしまった。世界の中心で叫ばれていることが話題になってしまってからもちろん随分経つのだが、その間にもスイーツ(笑)や鮎といったものばかりが世間では売れていて、恋愛というのは体よく小説を売るための道具になっているとすら思った。
そんなこんながあって、この「好き好き大好き超愛してる。」である。読む前は、そもそも僕はこれを真面目な恋愛小説だと思ってなかった。というのもタイトルからただならぬ狂気を感じる。ストーカー的な何かを。でも読み始めてこのタイトルの意味がわかった。とにかくストレートの豪速球なのだ。この小説は恋愛をテーマにした短編集(連作短編?)となっていて、死んでいく彼女に対する主人公の想いがひたすらに綴られる。この話のストーリーをうまく説明も要約もできる気が全然しないのでそれは潔く諦めることにするが、恋愛に対する真摯さというか、全力感を僕は感じられた。
舞城王太郎は「煙か土か食い物」で冒頭10数ページで挫折、「世界は密室でできている。」はわけがわからなかった僕にとって、この「好き好き大好き超愛してる。」は3度目の正直となった。文章の勢い・スピード感が面白く、一気に読めた。次は「ディスコ探偵水曜日」を読んでみたいな、と思っています。


この本は芥川賞候補で、石原慎太郎宮本輝には随分と酷評されたらしいが、そんなオジサン方に否定されてもこの小説のもつパワーは全く失われない。僕はやっとこれで、世間の「世界の中心で愛を叫ぶ」「Deep Love」「恋空」なんてものが本棚に並んでいる女子中学生・高校生に対して、いますぐそれらをゴミ箱に捨ててこれを読め、ということのできる武器を手に入れた。