田中哲弥 「サゴケヒ族民謡の主題による変奏曲」

空が少し明るくなっただけで一気に気温は上がりとても布団の中にはいられなくなる。汗ばむと左腕だけでなく全身の痒みが耐え難くなった。特に脇の下が痛痒い。昨日まではなかった強烈な痒みだ。ここ数日掻きむしりつづけた結果糜爛し、皮下脂肪が覗いているところのすぐそばだが、また別のところが硬く腫れていた。重い半身をなんとか起こし、左の乳房を引き寄せるようにして脇の下を見てみるとパチンコ玉くらいの黒く丸いものが皮膚に透けて見えた。触るともぞもぞ動いた。また入られたのかといやな気持ちになる。前にもやられたが、なにかの虫の卵が皮膚の下で孵り幼虫になっているのだ。幼虫が動きだすときの痛みもいやだが、皮膚を突き破って出てくるのではなく体内深く入り込んでその後どうなったのかわからないのも気持ち悪い。(夕暮れの音楽室)

サゴケヒ族民謡の主題による変奏曲 (講談社BOX)

サゴケヒ族民謡の主題による変奏曲 (講談社BOX)

★★★★★★★★☆☆

サゴケヒ族民謡の主題による変奏曲
夜なのに
夕暮れの音楽室
坂の上の坂
おさと
はかない願い
隣人
従姉の森

グロ描写に定評のある田中哲弥の「猿駅/初恋」に続く第2短編集。
本書全体を通じて暗い・奇妙・不気味という雰囲気がある。「夜なのに」「坂の上の坂」はグロ要素もなく明るい話なのだが、短編の順番のせいでかき消されてしまっている。
特に「サゴケヒ族」「夜なのに」「夕暮れの音楽室」の並びはひどい(いい意味で)。「サゴケヒ族」の闇に沈んでいくような終わりの後なので、「夜なのに」ではどうしてもその闇を引きずったまま読み始めてしまう。中盤〜後半でやっと明るい話だと理解し、しかし終わったとたんの「夕暮れの音楽室」。この作品は4ページしかないが、「夜なのに」の登場人物の後日談なのではないかというイメージがついた時点で、「夜なのに」の印象は一気に反転、かくして闇の3連続の作品となってしまう。
「夕暮れの音楽室」「隣人」は既読で大好きだったが、その他にも短く良いと思ったのが「はかない願い」。やっぱりひどくグロいのだけど。
「サゴケヒ族」「従姉の森」では場面が転換しているであろう部分も空行を挟むということをせずに続けられていくので、とても奇妙な読み味。連続的に状況が変容していく内容とマッチした面白い書き方だと思った。


全体的に面白かった、グロいけどおすすめ。